ベンチャーズの時代

これまでも番組やこのコラムで言及してきたことだが、今日までの日本のポップス(ロック系及び歌謡ポップスを含む)の流れを聴くにつけ、もっとも大きな影響を受けた海外のミュージシャンはエルヴィス・プレスリーやビートルズではなく、むろんボブ・ディランやローリング・ストーンズでもなく、結局のところベンチャーズではなかったのかとつくづく思う。
ベンチャーズのまるで“雷鳴”のようなエレキギターのサウンド、あの“音”が日本人の、とくに若者の音楽への意識を一変させ、ロックへの眼を開かせたのだ。それほど♪テケテケテケ~というあの音は強烈だった。そしてベンチャーズの洗礼を浴びた若者たちの中からミュージシャンが続々と生れ、日本のロックとポップスは新しい時代を創り出したのだ。
日本でベンチャーズが注目され始めたのは一九六四年にリリースしたシングル「急がば廻れ」がきっかけだった。そして翌六五年に開催された来日公演で一気にブレイク、ラジオから♪テケテケテケ~というサウンドが溢れ出して、日本中の青少年がシビレた!。
このあたりの衝撃の音との出会いについては小説「青春デンデケデケデケ(芦原すなお・著)」が見事に描写しているが、私も年齢的に時期は少しズレるものの、ベンチャーズの♪テケテケテケ~という音に驚いた記憶は残っている。『なんだ、これ!でも、カッコいい!』というような―。
記録を見るとこの頃すでにビートルズのレコードは日本で販売されていて、おそらく熱心なファンはいたに違いないのだが、ごく普通の中学生や高校生にとってはビートルズよりもベンチャーズの“テケテケ・サウンド”の方に親しみを感じていたような気がする。
で、これは推測だが、もしかするとレコードもこの時点ではビートルズよりベンチャーズが売れていたのではないだろうか。というのもベンチャーズは一九六五年から六六年の約二年間になんと!二十三枚のシングル盤をリリースしているからで、これはちょっとすごい枚数だ。
このように過熱するベンチャーズ・ブームの結果、ベンチャーズ・スタイルのアマチュアのエレキバンドが一気に増え、それにしたがってエレキギターがバカ売れしたという。なんでも楽器メーカーだけでは生産が追いつかなくて、家具製造業なども急遽エレキギターを作り始めたという話も伝わっているが、まさに社会現象だった。
“エレキ”がこれだけ注目されたのは平賀源内以来のことだったろう・・・。
この時代にエレキバンドをやっていらっしゃった皆さんは私などよりも五、六歳年長の方たちだと思うが、そういえば家の近所にもそんなエレキバンドがいて、かなりウワサになったことを憶えている。もちろん私たちの世代にとっては憧れの存在だった。
それにしても、当時果たして全国でどれぐらいの数のベンチャーズ風エレキバンドが存在したのだろうか。そしてそんな皆さんは今も元気に♪テケテケテケ~とやっていらっしゃるのだろうか。ぜひ、やっていてほしいと思います。
この人気について、ベンチャーズのドラマーだった故メル・テイラーはその理由として<演奏曲がマイナー調のものが多く、結果的に日本人のメンタリティと合致した>ことと<歌が無いことで、日本人にサウンドが理解し易かった>ことの二点を挙げている。
確かにアマチュア・バンドにとって歌の有る!無し!は大きく違う。今も昔もアマチュアにとって楽器を弾きながら唄うことは簡単にはできないことだが、それ以上に当時の普通の日本人にとって人前で唄うことにかなりの抵抗感があったのだと思う。
シャイといってしまえばそれまでだが、今のようにカラオケが無い時代のこと、基本的に人前で唄うということに慣れていなかった。そんな感覚はアマチュアのバンドでも同様で、やはりどこか気恥ずかしさがあった。
ところが、ベンチャーズ風エレキバンドであればヴォーカル・パートが無いわけで、人前で演奏することにアガりはしても、とにかく黙々と完全コピーしたエレキを弾いて、時折♪テケテケテケ~とカッコいいところを見せればいい、と。こういうやり方が当時の日本人の性分に合っていたのだと思う。
ただ、時代の変化と共に、ビートルズやストーンズなどのヴォーカル&インストゥルメンタル・バンド=歌物バンドの人気が増すにつれて、ベンチャーズ・スタイルのアマチュアのエレキバンドは徐々にヴォーカルを加えた編成に変化し始めた。そしてそれがその後のグループサウンズ・ブームを呼び起こすこととなった。
こうしてロックの進化ともに六十年代後半あたりからベンチャーズの人気は急落したのだが、それでも日本人にとって深く馴染んだベンチャーズのサウンドは決して消えることはなかった。それはまるで日本人の遺伝子に組み込まれたかのようでもあった。
そうして、五十年。今やベンチャーズの♪テケテケテケ~というソリッドなサウンドはすっかり日本の夏の風物詩となっている。
番組では今月3日と10日に<真夏のエレキ合戦>と題して六十年代に一世を風靡したエレキ・インスト・バンドの特集をお送りします。そして3日はベンチャーズ特集です。どうかお楽しみください。